カスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」が近年、社会的な問題として大きく取り上げられています。顧客からの過度な要求や暴言に苦しむ従業員の姿が、あらゆる業界で見られるようになり、企業はこの課題にどう向き合うべきかが問われています。今回は、首都高お客さまセンターが導入した「切電マニュアル」という斬新な対策に注目し、その背景や効果について深掘りしていきます。
カスハラとは?身近な現場で起きている問題
カスタマーハラスメント、略して「カスハラ」とは、顧客が従業員に対して不当な言動や暴言、威圧的な態度を取る行為を指します。接客業やコールセンターで働く人々にとって、この問題は日常的に直面するものです。
例えば、あるコールセンターで働くオペレーターはこう語ります。
「一度、怒鳴り散らされたことがあります。そのお客様は、聞こえないふりをしてさらに罵声を浴びせ、対応が遅いと怒鳴り続けました。対応が終わるまで30分以上も同じことを繰り返され、本当に精神的に参ってしまいました。」
こうした事例は珍しいものではなく、オペレーターが長時間にわたって過度なストレスにさらされることも少なくありません。多くの従業員が顧客対応に恐怖を感じ、仕事の継続が難しくなるケースもあります。カスハラの問題は、従業員個人に深刻な影響を与えるだけでなく、企業にとっても重大な課題となっているのです。
首都高お客さまセンターの切電マニュアルとは?
首都高お客さまセンターは、首都高速道路に関する問い合わせやトラブル対応を行う窓口で、1日に約1700件もの問い合わせが寄せられています。しかし、その中には、顧客からの暴言や不当な要求が含まれることもあり、従業員は大きなストレスを抱えていました。
この問題を解決するため、2023年に「切電マニュアル」が導入されました。このマニュアルでは、以下の条件に該当する場合、オペレーターが電話を切ることが認められています。
- 30分以上同じ内容を繰り返し主張する
- 要求内容が不当
- 威圧的な発言や口調がある
これらの条件を満たす場合、オペレーターは「これ以上のご案内ができかねますので、電話を切らせていただきます」と理由を伝え、通話を終了することが可能になります。これにより、顧客の理不尽な要求に無理に対応することなく、オペレーターの精神的な負担が軽減される仕組みです。
切電マニュアル導入の効果
「切電マニュアル」の導入後、現場ではどのような変化があったのでしょうか。
あるオペレーターは、こう話しています。
「以前は、どんなにひどい暴言を受けても電話を切れず、我慢して対応するしかありませんでした。でも、今はマニュアルに沿って対応できるので、精神的に楽になりました。会社が私たちを守ってくれていると感じます。」
実際、2023年5月から2024年8月までの間に、切電が行われたケースは22件ありましたが、それが原因で大きなトラブルに発展したケースは報告されていません。むしろ、従業員が安心して働ける環境が整い、より丁寧で真摯な顧客対応ができるようになったという声も多く聞かれるようになりました。
また、企業としても、従業員を守る姿勢を明確に示すことで、オペレーターの離職率を下げ、職場環境を改善する効果が期待されています。カスハラ問題が顧客対応に悪影響を及ぼすだけでなく、企業全体のパフォーマンスにも影響を与えるため、こうした対策は非常に重要です。
切電対応に対する多様な意見
「切電マニュアル」に対しては、多くの意見が寄せられています。
危機管理コミュニケーションの専門家である増沢隆太氏は、カスハラ問題に対して次のように述べています。
「暴言に対して30分どころか、一発アウトで切電して良いと思います。社員や担当者を守る動きは大歓迎です。」
増沢氏は、顧客の理不尽な要求に無理に応じるのではなく、毅然とした対応を取るべきだと強調しています。この意見は、多くのコールセンターや接客業の従業員からも支持されています。
一方で、切電自体がオペレーターにとって心理的負担になるという意見もあります。あるコメントでは、こう指摘されています。
「お断りして切る行為も、オペレーターにとっては負担ではないでしょうか?自動メッセージを利用して、電話を切るのではなく、自動的に対応を終了する方法も考えられます。」
このように、切電対応に対しては、さらなる改善の余地があるという意見も少なくありません。自動応答システムやAI技術を活用し、従業員の負担をさらに減らすことも、今後の課題として挙げられています。
カスハラ対策は企業全体で取り組むべき課題
「お客さまは神様」という言葉が、かつては企業文化の一部として広く受け入れられていました。しかし、現代において、すべての顧客が必ずしも「神様」であるわけではなく、従業員を守ることが企業の責任でもあるという認識が広がっています。
首都高お客さまセンターのような「切電マニュアル」を導入することで、従業員を守り、働きやすい環境を整えることは、顧客満足度の向上にもつながる重要なステップです。企業が従業員を大切にする姿勢を示すことで、顧客対応の質も向上し、結果的に企業全体のパフォーマンスが向上するのです。
カスハラ問題に対処するためには、法整備や技術的なサポートも含めた包括的なアプローチが必要です。企業は、カスハラに対する毅然とした対応を続けると同時に、従業員が安心して働ける環境を提供することが求められています。
まとめ
首都高お客さまセンターが導入した「切電マニュアル」は、顧客からの理不尽な要求や暴言に対して、従業員を守るための重要な施策です。この取り組みは、カスハラに悩む多くの企業にとって参考になるものであり、今後も広く採用されることが期待されています。カスハラ問題に対する毅然とした対応が、従業員の精神的な健康を守り、企業全体の業績向上にも寄与するでしょう。