1. 「おむすび」の視聴率低迷
現時点での視聴率状況
NHK連続テレビ小説「おむすび」は、放送開始から約2週間が経過した時点で、視聴率の低迷が顕著になっています。第11回までの平均視聴率は15.17%にとどまり、15%を割り込む回が5回も存在しました。特に第11回では12.6%という、朝ドラとしては極めて低い数字を記録しています。
この視聴率は、放送開始時間が午前8時に繰り上げられた「ゲゲゲの女房」(2010年度上期)以降、最低の数字となっています。朝ドラが通常20%前後の視聴率を維持してきたことを考えると、「おむすび」の苦戦ぶりが際立っています。
低視聴率の主な理由
「おむすび」の視聴率低迷の主な理由として、ストーリーの小ささが指摘されています。主人公・米田結(橋本環奈)を取り巻く出来事や人間関係が、視聴者の関心を十分に引き付けていないのです。
例えば、結がハギャレン(博多ギャル連合)の仲間になるエピソードや、結の祖父・米田永吉(松平健)と父親・聖人(北村有起哉)との小競り合いなど、結と米田家にとっては大問題かもしれませんが、視聴者にとってはそれほど重要な問題として受け止められていません。
このギャップが、作品を取り巻く不評や視聴率が高まらない一番の原因となっています。小さなストーリーでも広く共感を得るドラマは数多くありますが、そのためには胸を打つ普遍的なエピソードの積み重ねが必要です。残念ながら、現時点までの「おむすび」には、そのような心に響くエピソードが不足しているように見受けられます。
2. 「おむすび」のストーリー分析
主人公・米田結の設定
「おむすび」の主人公・米田結は、普通の女子高生という設定です。この設定自体が、ドラマ制作において難しさを内包しています。というのも、「おむすび」以前の朝ドラでは、主人公に偉人のモデルがいる作品が「らんまん」(2023年度上期)、「ブギウギ」(同下期)、「虎に翼」(2024年度上期)と3つも続いていたからです。
偉人をモデルにした主人公の場合、その知名度によって視聴者を惹きつけやすく、偉人の足跡を追うことで自然と物語に引き込まれやすいという利点があります。一方で、「おむすび」は完全なオリジナルストーリーであり、誰も知らなかった結が主人公です。このことは、ドラマにとって一種のハンデとなっています。
NHKも主人公に偉人のモデルがいたほうが有利であることは認識しているようで、2000年度以降の朝ドラ49本のうち、主人公に偉人のモデルがいた作品は17本にも上ります。次回2025年度上期の「あんぱん」も、漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんがモデルとなっています。
ハギャレン(博多ギャル連合)加入の経緯
結のハギャレン加入の経緯は、ドラマの中核を成すストーリーラインの一つです。結がハギャレンに興味を持つきっかけは、8歳年上の姉・歩(仲里依紗)が「伝説のギャル」として知られていたことです。現在のハギャレン総代・瑠梨(みりちゃむ)は、かつて100人いたというメンバーが現在4人にまで減少していることを危惧し、「歩の妹を総代にすれば盛り返せる」と考え、結を激しくリクルーティングします。
結のハギャレン入りまでの道のりは、以下のように展開します
- 最初は「無理です、すみません」と断る
- メンバーの一人・鈴音(岡本夏美)の家庭事情を知り、「友達なら」とハギャレンに対する態度を軟化させる
- メンバーとプリクラを撮る
- 一度はやめたいと思うが、プリクラを親に見せると脅されて躊躇する
- 瑠梨の家庭事情を知り、同情から「パラパラ、教えてください」と申し出る
このプロセスは、結の優しさや同情心を描写していますが、同時に彼女の優柔不断さも浮き彫りにしています。視聴者の中には、結の行動に共感できない人も多いようです。
3. 演技陣の評価
主要キャストの演技
「おむすび」の演技陣は、全体的に高い評価を得ています。特に、以下の主要キャストの演技は注目に値します
松平健(祖父・永吉役)
芸能生活50周年を迎えた松平健は、さすがの安定感を見せています。例えば、見た目の悪い野菜を売る際の永吉のセリフ「形が悪かろうが、見てくれが酷かろうが、この世にクズなんてものはなか」(第4回)には、深い含蓄が込められています。このセリフは、知らず知らずのうちにハギャレンのメンバーたちのことも指しているようで、松平の演技力があってこそ成立する味わい深いものとなっています。
北村有起哉(父親・聖人役)
北村有起哉は、神経質な性格の聖人を巧みに演じています。豪放な面のある永吉との不和も、納得感のある描写となっています。北村の父は元文学座の名優・北村和夫さんで、「おしん」(1983年度)ではおしんの舅・田倉大五郎を演じました。今や息子の北村が名優に成長し、初めてヒロインの父親役を演じているという事実は、朝ドラ60年余の歴史を感じさせます。
橋本環奈(結役)
橋本環奈演じる結役は、彼女の持ち味が生かされた適役だと言えます。福岡県糸島で暮らす結のセリフは博多弁ですが、橋本も博多育ちということもあり、自然な演技を見せています。溌剌とした演技は、結のキャラクターをよく表現しています。
脇を固める俳優陣の評価
脇を固める俳優陣も、「おむすび」の魅力を高めています。特に注目すべきは、麻生久美子演じる母親・愛子役です。
麻生久美子(母親・愛子役)
麻生久美子は、演技巧者として知られる実力派俳優です。例えば、ハギャレンの女王然とした真島瑠梨が深夜徘徊で補導された際、愛子が突然現れて「すみません。うちの子と友達がご迷惑を掛けて」と鷹揚に言うシーンがありました。瑠梨と会ったこともないにもかかわらず、彼女の身元引受人を買って出る愛子の姿は、融通が利き、頼りがいのある母親像を描き出しています。
同時に、このような理解のある母親が時として子供の非行を生む可能性も示唆しており、結の8歳年上の姉で元伝説のギャル・歩が育った環境との整合性も感じさせます。麻生の演技の奥深さが、このような多層的な解釈を可能にしているのです。
4. 「おむすび」の今後の展開予想
結の成長ストーリー
「おむすび」の今後の展開として、結が栄養士として成長していく姿が描かれることが予想されます。結は、食の知識と卓越したコミュニケーション能力を活かして、人と人を結び付ける役割を果たしていくでしょう。
この展開は、「おむすび」というタイトルにも通じるテーマです。おむすびは日本の伝統的な食べ物であり、人々を結びつける象徴的な存在です。結が栄養士として成長していく過程で、食を通じて人々の心をつなぐ様子が描かれることで、ドラマにより深みが出ることが期待されます。
また、結のコミュニケーション能力の成長も注目ポイントになるでしょう。ハギャレンでの経験や、様々な人々との出会いを通じて、結が人々の心を理解し、適切な言葉で人々を励ましたり、アドバイスしたりする場面が増えていくかもしれません。
平成期の描写
「おむすび」は、平成元年(1989年)生まれの結が中心となって、平成期という時代の全体像を表すという野心的な試みも行っています。平成は私たちにとって身近過ぎて逆に全体像が見えにくい時代です。この時代を結の視点から描くことで、新しい気づきや発見を視聴者に提供できる可能性があります。
特に注目されるのは、平成期に起こった大災害や大事件の描写です。その中でも、現代人にとって忘れられない大災害である阪神・淡路大震災(1995年)は、重要なテーマとなるでしょう。結の一家は震災を機に神戸市から福岡県糸島に引っ越してきたという設定なので、震災の描写は避けて通れません。
震災から30年が経過し、震災時に6歳だった結が現在どのような思いを抱いているのか、また天職と考えていた理容の仕事から離れざるを得なかった父・聖人の胸中はどのようなものなのか、非常に興味深いテーマとなります。
これらの要素が適切に描かれれば、「おむすび」は単なるギャル文化や青春ドラマを超えて、平成という時代を象徴するドラマとして記憶に残る可能性があります。
5. 「おむすび」と過去の朝ドラの比較
「虎に翼」との対比
「おむすび」の評価を考える上で、直前に放送された「虎に翼」との比較は避けられません。「虎に翼」は、日本初の女性裁判所長である三淵嘉子をモデルにした作品で、明確なテーマ性と力強いストーリー展開が特徴でした。
「虎に翼」は初回から何を目指すのかが明確で、エンターテインメントとしても高い完成度を誇っていました。例えば、ドラマの冒頭で日本国憲法が掲載された新聞を読み、泣いているモンペ姿の寅子(伊藤沙莉)から始まり、ナレーションで憲法14条を読み上げるという導入は、ドラマのテーマである「法の下の平等」を強く印象付けるものでした。
一方、「おむすび」は「虎に翼」と比較すると、テーマ性やストーリーの力強さにおいて見劣りする印象は否めません。「おむすび」のストーリーは日常的で小さな出来事の積み重ねが中心となっており、「虎に翼」のような社会的なインパクトや歴史的な重要性を持つ展開は少ないです。
しかし、この違いは必ずしもマイナスではありません。「おむすび」は、普通の女性が平成という時代を生き抜く姿を描くことで、より多くの視聴者に共感を得られる可能性があります。重要なのは、小さな日常の中にある普遍的な価値や感動を、いかに効果的に描き出すかということでしょう。
過去の朝ドラとの共通点
「おむすび」は、過去の朝ドラ作品といくつかの興味深い共通点を持っています。特に注目すべきは、2013年後期に放送された「ごちそうさん」との類似性です。
「ごちそうさん」は、「おむすび」と同様に、前作が大ヒットした後に放送されたドラマでした。「ごちそうさん」の前作は、「じぇじぇじぇ」が流行語大賞を獲得するほどの大ヒットとなった「あまちゃん」でした。これは「おむすび」が高い評価を得た「虎に翼」の後に放送されている状況と似ています。
さらに、両作品とも「食」をテーマにしている点で共通しています。「ごちそうさん」のヒロインは料理好きの専業主婦として描かれ、「おむすび」の結は将来栄養士になる設定です。タイトルも食べ物に関連しており、視聴者に親しみやすい印象を与えています。
興味深いことに、両作品ともヒロインが水に落ちるシーンがあります。「おむすび」では結が自ら海に飛び込むのに対し、「ごちそうさん」では主人公が足を滑らせて川に落ちます。これらの偶然の一致は、朝ドラの伝統や制作陣の創作傾向を示唆しているかもしれません。
ただし、視聴率の面では大きな違いがあります。「ごちそうさん」は前作の「あまちゃん」(期間平均20.6%)を上回る22.3%の視聴率を記録しました。これは、朝ドラ視聴者が「いつもの朝ドラ」、つまり親しみやすく日常に根ざしたストーリーを求めている可能性を示唆しています。
6. 視聴者の反応と今後の課題
SNSでの評価
「おむすび」に対する視聴者の反応は、ソーシャルメディア上でさまざまな形で表れています。一部の視聴者からは、「『おむすび』の緩さこそ昔ながらの本来の朝ドラ」という意見が見られます。しかし、この見方は必ずしも正確ではありません。
朝ドラは毎回、制作統括も脚本家も主演も異なり、それぞれがユニークな作品として制作されています。過去の朝ドラを振り返ってみても、似たような作品は一つもありません。「朝ドラらしい作品」という固定概念自体が存在しないのです。
また、ギャル文化を中心に据えた「おむすび」のストーリー展開に対しては、視聴者の共感を得ることが難しいという課題があります。2004年という設定年代には、パラパラダンスやギャル文化はすでにピークを過ぎていたという指摘もあります。
制作陣は、「どんなときでも自分らしさを大切にする”ギャル魂”を胸に、主人公・米田結が、激動の平成・令和を思いきり楽しく、時に悩みながらもパワフルに突き進みます!」というコンセプトを掲げていますが、この「ギャル=自分らしさを大切にする人」という規定が、どこまで視聴者に伝わっているかは疑問が残ります。
男性キャラクターへの批判
「おむすび」における男性キャラクターの描写にも、視聴者から批判の声が上がっています。特に、結の父親・聖人の過保護な態度や、幼なじみの陽太の行動に対する不満が目立ちます。
聖人は、結に対して終始過保護な態度を取り続けており、たびたび結との衝突を引き起こしています。例えば、ハギャレンメンバーと外出した結を駅まで迎えに来たり、姉の歩と比較するような発言をしたりすることで、結の反発を買っています。
また、幼なじみの陽太の行動も、視聴者から「あまりにストーカーっぽい」という批判を受けています。結を陰から見守る行動や、突然の「彼氏宣言」などが、視聴者の共感を得られていないようです。
これらの男性キャラクターの描写は、現代的な価値観や若者の感覚とずれているように見え、ドラマ全体の評価にも影響を与えている可能性があります。
7. まとめ:「おむすび」の今後の展望
「おむすび」は、現時点では視聴率の低迷や一部のストーリー展開への批判など、いくつかの課題に直面しています。しかし、今後の展開次第では、ドラマの評価が大きく変わる可能性も十分にあります。
特に、阪神・淡路大震災の回顧シーンは、ドラマに深みと重みを与え、視聴率回復のきっかけとなる可能性があります。震災という重大な出来事を通じて、キャラクターたちの心の動きや成長を描くことで、視聴者の共感を得られるかもしれません。
また、平成期の描写を通じて、「おむすび」独自の視点や解釈を提示できれば、ドラマの存在意義がより明確になるでしょう。身近すぎて全体像が捉えにくい平成という時代を、結の視点から描くことで、視聴者に新たな気づきや発見を提供できる可能性があります。
一方で、ギャル文化や男性キャラクターの描写など、現在批判の的となっている要素については、今後どのように展開し、視聴者の理解を得ていくかが課題となります。特に、結の成長や周囲の人々との関係性の変化を通じて、これらの要素に新たな意味づけや解釈を加えていく必要があるでしょう。
最終的に、「おむすび」が視聴者の期待に応え、印象に残る朝ドラとなるかどうかは、今後の展開にかかっています。普通の女性が平成という時代を生き抜く姿を描くという独自の視点を活かしつつ、視聴者の心に響くストーリーを紡ぎだせるかが鍵となるでしょう。
制作陣には、視聴者の反応を注意深く観察しつつ、ドラマの本質的な魅力を失わないバランスの取れた展開が求められます。「おむすび」が、平成を象徴する印象深い朝ドラとして記憶に残ることを期待しつつ、今後の展開を見守っていきたいと思います。